和歌山 · 紀伊半島
和歌山はどこに、何がある場所か
初めて日本を訪れる人の多くが聞いたことのない県ですが、この半島は千年にわたり日本の信仰を形づくり、のちには2人の将軍を輩出しました。
地図で見る和歌山
和歌山県は、本州最大の半島である紀伊半島のうち約4,725平方kmを占め、北は大阪府、東は奈良県・三重県と接しています。半島の残りはこの2県の一部です。県土の約77%が森林で、海岸の多くの場所では山がすぐ海に迫ります。この地形こそが、人口の集まる町としてではなく、信仰と巡礼の地としてこの地域が発展した理由です。
旅行者の目線では、県は大きく3つに分かれます。紀の川沿いの北部には和歌山市や根来寺、高野山へ向かう鉄道があります。有田からみなべにかけての中部の海岸は果物の産地で、みかんの段々畑、湯浅の醤油蔵、梅林が並びます。白浜から新宮にかけての南部は熊野地方で、熊野古道と、本宮・速玉・那智の熊野三山があります。
多くの旅行者は大阪から(JR特急くろしおで和歌山市まで約1時間)、あるいは京都から(京都始発のくろしおもあり、約1時間半)訪れます。東京・京都・大阪を軸にした初めての日本旅行の行程にはほとんど登場しないため、英語圏の旅行者にとって今も比較的知られていない場所です。
千年の歴史を、要点だけ
実際に訪れたときに目にする歴史——寺院、城、古い参詣道——を、要点だけに絞ってまとめました。
| 時代 | 何が起きたか | 今も見られるもの |
|---|---|---|
| 平安時代(794〜1185) | 816年、空海(弘法大師)が真言密教の修行道場として高野山を開創。907年頃には宇多法皇が記録に残る最初の熊野御幸を行い、以後約370年の間に上皇・法皇による熊野御幸は百回近くを数えました。参詣者の列は「蟻の熊野詣」と呼ばれるほどになります。 | 熊野古道、高野山の壇上伽藍と奥之院 |
| 鎌倉時代(1185〜1333) | 1254年、禅僧・覚心が宋から金山寺味噌の製法を持ち帰り、近くの湯浅でそこから醤油が生まれたと伝わります。 | 湯浅の醸造町の町並み |
| 戦国時代(1467〜1615) | 紀伊北部では鉄砲に長けた2つの勢力が力を持っていました。根来寺を拠点とする僧兵集団の根来衆と、地侍や村々の自治組織である雑賀衆です。1585年、豊臣秀吉の紀州征伐で両者とも制圧され、根来寺の大半が焼き払われました。 | 焼失を免れた根来寺の大塔(1547年完成、当時の弾痕が今も残る) |
| 江戸時代(1603〜1868) | 1619年、徳川家康の十男・頼宣が和歌山城を居城とする55万5千石の紀州藩主となり、徳川御三家の一つ・紀州徳川家が始まりました。1716年には紀州藩主の吉宗が8代将軍に就任して享保の改革を主導し、1858年には同じく紀州藩主から家茂が14代将軍となりました。 | 1945年7月の空襲で天守が焼失し、1958年に鉄筋コンクリートで再建された和歌山城 |
| 明治時代(1868〜1912) | 1871年の廃藩置県で紀州藩は和歌山県となり、同じ年のうちにほぼ現在の県域となりました。 | 現在の和歌山県の行政区分 |
| 現代 | 2004年、高野山・熊野三山とそれを結ぶ参詣道が、奈良県・三重県とともに世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録されました。 | 高野山、熊野三山、熊野古道 |
知っておくと面白い豆知識
梅のシェアは天候で大きく変わります。2022年産では全国の約7割を和歌山が占めましたが、2024年産・2025年産は大きく減りました。いずれにせよその大半はみなべ・田辺地域で採れ、梅林は1月下旬〜3月上旬に花を咲かせ、6月に収穫期を迎えます。
南東部の太地町は、1606年に和田忠兵衛頼元が突き船の組を組織して湾で鯨を獲り始めたのを組織的捕鯨の始まりとし、「古式捕鯨発祥の地」を名乗っています。なお、イルカの追い込み漁は国際的に議論が続いています。
白浜のアドベンチャーワールドは1994年から中国・成都のパンダ基地と共同繁殖研究を行い、17頭のジャイアントパンダを育てました(最後の誕生は2020年11月)。中国以外の施設では世界最多です。最後の4頭は2025年6月28日に中国へ返還され、現在パンダはいません。
和歌山城の天守は、日本の多くの城と同じく再建です。1945年7月9〜10日の空襲で焼失し、現在の鉄筋コンクリートの天守は1958年10月に完成しました。再建費の約47%は市民の寄付でまかなわれています。
御三家筆頭の尾張徳川家は、結局一人も将軍を出していません。1716年に7代将軍が亡くなった際、紀州の吉宗が選ばれた理由の一つは、家康により近い血筋だったことでした。
和歌山が日本一のもの
有田からみなべにかけての海岸は、日本有数の果物の産地です。以下は県の公式データです。
| 品目 | 和歌山県の収穫量 | 全国順位 | 見られる場所 |
|---|---|---|---|
| 梅 | 4万3,000t(全国7万3,900t、2025年産) | 1位(61年連続) | みなべ |
| みかん | 14万1,700t(全国55万9,600t、2024年産) | 1位(21年連続) | 有田 |
| 柿 | 3万2,100t(全国16万7,300t、2024年産) | 1位 | 県北部の紀の川流域 |
| はっさく | 1万7,446t(全国2万3,439t、2023年産) | 1位 | — |
| 桃 | 6,580t | 全国5位・西日本1位 | 紀の川市(あら川) |
この歴史を今も見られる場所
816年の開創の物語を最も直接感じられるのは高野山です。空海が開いた宗教都市は百を超える寺院が今も活動する現役の共同体で、奥之院の参道は、真言宗の信仰で空海が今も瞑想を続けるとされる御廟へと続いています。
熊野古道と熊野三山では、平安時代以降に上皇から庶民までが歩いた巡礼の道をたどれます。多くの人が歩くのは、滝尻王子から熊野本宮大社へ向かう中辺路です。
江戸時代の紀州徳川家の物語が最も分かりやすく残るのは和歌山市で、再建された和歌山城とその庭園が中心です。内陸へ少し足を延ばした根来寺では、秀吉が打ち砕いた戦国時代の勢力というもう一つの物語に触れられます。
訪れる時期はベストシーズンガイドを、鉄道ときっぷは交通アクセスガイドをご覧ください。