和歌山 · 紀伊半島
奥之院
樹齢数百年の杉木立を抜ける約2kmの参道に、戦国武将から名もなき参詣者、そしていくつかの企業まで、20万基を超える墓碑。その先には、弘法大師が今も瞑想を続けているとされる御廟があります。
なぜ誰もがここに眠りたがるのか
真言宗の伝承では、弘法大師は835年に亡くなったのではなく、奥之院の参道の奥にある御廟で永遠の瞑想に入り、弥勒菩薩の下生を待っているとされています。大師の近くに葬られることは、その日が来たときにすぐそばにいられることだと考えられてきました。だからこそ千年以上にわたり、天皇、大名、僧侶、商人、そして一般の家族までもが、ここに場所を求めてきたのです。
その結果、奥之院は西洋の墓地というより、墓碑で満ちた森のような場所になっています。数百年を経た苔むした五輪塔や供養塔が、同じく樹齢数百年の杉の間に立ち並びます。争った武将たちの墓もすぐ近くにあります。長年戦った武田信玄と上杉謙信の墓所は近くにあり、織田信長の供養塔もあります(遺骨を納めた墓ではありません)。
毎日6:00と10:30、僧侶は御供所で大師の食事を用意し、嘗試地蔵(あじみじぞう)で形式的な味見をしたあと、御廟橋を渡って御廟へと運びます。「生身供(しょうじんぐ)」と呼ばれるこの儀式は1,200年以上続いており、参拝者も行列を見ることができます。
どちらから歩くか
御廟へ向かう道は二つあります。多くの人は奥之院前バス停からの近道を使いますが、一の橋からの参道の方が古く、雰囲気のある墓所を通ります。
| ルート | 御廟までの距離 | 所要時間 | 見どころ |
|---|---|---|---|
| 一の橋から(伝統的な参道) | 約2km | ゆっくり歩いて30〜40分 | 最も古い墓所、武将の墓、最も深い杉木立 |
| 奥之院前バス停から | 1km弱 | 約15〜20分 | 企業墓がある新しい区画。終盤で本来の参道に合流 |
訪問の前に
参道の突き当たりにある燈籠堂には、信者が奉納した1万基以上の燈籠が並びます。そのうち二つは約900年間一度も消えずに灯り続けているとされます。開堂時間は毎日6:00〜17:00、拝観無料です。
御廟橋から先は、燈籠堂と御廟を含む最も神聖な区域で、撮影・飲食は禁止です。参拝者にならって橋の前で一礼し、カメラはしまいましょう。
奥之院前に近い新しい区画には、日本で最も風変わりな墓があります。亡くなった社員を供養する企業墓です。巨大な石のコーヒーカップ(UCC)、アポロ11号を模したロケット(航空機メーカー新明和工業、1969年)、害虫駆除会社が建てたシロアリの供養塔、そして創業者の松下幸之助が1938年に建てた、企業墓の先駆けであるパナソニックの墓所などがあります。
夜のガイドツアーはほぼ毎晩行われており、19:00頃に出発し20:20頃に御廟に到着します。宿坊や町のツアー会社で予約するのが一般的です。参道の灯籠は日没から深夜0時頃まで灯っています。
宿泊先は高野山の宿坊ガイドを参照してください。恵光院と赤松院は、どちらも一の橋の入口から歩いてすぐの宿坊です。6月中旬には、弘法大師の誕生日を祝う青葉まつりの行列が一の橋から出発します(行列の日取りは年によって異なるので事前に確認してください)。
拝観:時間と料金
高野山の多くの堂宇と違い、墓所そのものは閉まることがありません。
| 施設 | 時間 | 料金 |
|---|---|---|
| 参道・墓所 | 24時間 | 無料 |
| 燈籠堂 | 毎日 6:00〜17:00 | 無料 |
| 生身供の行列 | 毎日 6:00・10:30 | 見学無料 |
奥之院へのアクセス
大阪・難波駅から南海高野線で極楽橋へ、ケーブルカーで高野山駅へ。合計約1.5〜2時間です。高野山駅からは町の中心へバスが出ています。
一の橋へは「奥の院口」で下車、または中心部の千手院橋から徒歩10〜15分。近道を使うなら終点の「奥の院前」まで乗車します。ケーブルカーの高野山駅から奥の院前まではバスで約20分です。